POPへの想い
私がPOPを仕事にしようと思ったのは、その昔のこと、アルバイト先で見よう見まねで書いた私のPOPを見て注文するお客様の姿を見た瞬間でした。
人と話をするのが苦手だった当時、自分の書いた文字で人が動くということに感動し、一生の仕事にしたいと思ったのです。
ビーアップの代表としてのご挨拶に何を書こうかと思ったのですが、POPに対するスタンスを知って頂きたいと思い、過去からの話をさせて頂きます。今まで公表していない話も含みます。
POP勉強時代
POPに感動した私は、POPを一生の仕事にすべく、勉強を始めました。
文字もイラストも下手だったので苦労しました。いくら書いてもうまくならない…POPの大御所の先生方の分厚い本の中に書いてあるPOPは全て真似して書いてみました。
レタリング、イラスト、色鉛筆、インテリアパース、絵はがき、現代美術、印刷、色彩心理、カラーコーディネイト、ディスプレイ…POP技法に関係すると思われるものは全て見つけ次第なんでも勉強しました。
街に出てPOPを触って歩きました。その頃はまだ手書きPOPが多く、筆の進め方がどうなっているのか、店の人にわからないように撫でてみました。「いったいどのようにしてこんなに美しく書くんだろう…何を使って書いているんだろう…」次々と疑問がわきました。
全く上達しないのですが、どうしてもPOPの仕事をしかったのでフリーのPOPライターになり、会う人全員に「POPを書かせてほしい」と頼み込みました。 ようやく小さなスーパーマーケットを経営していた親戚のおじに「チラシ書いてくれる?」と言われたとき、心底嬉しかったです。
「ハイ!書きます!」
返事したあとでチラシは書いたことがないと気づきました。慌ててチラシの本を買いに行ってペンをそろえて、徹夜して書きあげました。
納品したとき、社長がそれまで書いていたチラシのほうがかなり上手だったとわかり、思いっきり冷や汗をかいたのを忘れられません。それでも続けてチラシを書かせてもらえたので、私なりに簡単レシピを入れるなど工夫をしました。
店でPOPも書かせてもらえるようになり、覚えたてのシルクスクリーン印刷を持ち込んだりしたものです。小さい部屋でインクのプンプン匂いをさせてセールPOPを作りました。たぶん手書きしたほうが早い枚数でした。
その頃の月収は2万円程度。妹たちが時々「お姉ちゃん、あげる」と数千円のお小遣いをくれていました。手に入ったお金は全てPOP資材に消えゆきましたが・・・
POP修行時代
その頃、POP制作事務所も多くありました。
私はフリーのPOPライターとして、どうしてもPOPの値段が知りたく、無謀にも各事務所に「POP制作料金表をください」と手紙を送って顰蹙を買いました。
後で知り合いになった先輩方に「あれは失礼すぎた」と怒られましたが、「無知だけど頑張っている」とかわいがってもらいました。
中でも素晴らしい芸術センスで人間的にも大尊敬していた青木さんにはアルバイトで雇ってもらい、POPの本格的な技法と会社のあるべき姿を学ばせてもらいました。
「ブラウス」と一文字、ポスカ中字で書いた字が下手すぎて、10回以上書き直してもOKをもらえない、なんてことも日々ありました。出来高給でしたのである日、時給換算すると80円だったこともあり思わず笑いました。お金をもらって勉強させてもらえている、本物のPOPが学べることが本当にうれしく、嬉々として青木さんのもとに通いました。
青木さんは天性のセンスを持っていた人で、私の書いたPOPを見ると、「何か違う」とか「これじゃない」「どこか違う」と言います。何が悪いのかどうすればよいのか教えてくれません。
どうすれば青木さんが納得できる文字が書けるのか、全くわからなかった私は、事務所のゴミ箱から青木さんの書いた文字を拾って持ち帰り勉強しました。
私のPOP人生の礎となりました。
誰でも書けるPOP講習会
青木さんの元で修行させてもらってほどなく、POPの講習会の全盛期がありました。POPの技術がお金になるということで資格をとる人も急増しており、毎年何十か所ものPOP講習会を担当しました。
講習会では、できる限り目の前で書いて見せることを意識しました。私自身が「プロの書いている姿が見てたい」と切望していたので、私は書いて見せてあげたかったのです。
私は誰よりも文字やイラストが下手だったので、書けない人の気持ちもよくわかります。
書けない中で先輩方に学ばせていただき習得した技術は、膨大な数の講習会を経て、今では誰でもすぐに書けるPOPのルールになりました。
POPは誰でも書けます。
「センスがない」というのはPOPの相談事でダントツ一位ですが、センスなんて全く必要なし。全てルールだけで書けます。
ビーアップの講習会では、「私は書ける」と知ってもらうことを重視しています。「書けない」と思い込んでいる人に意識改革してもらうことも得意です。
特に石川伊津は、こまやかなマンツーマン指導も得意にしており、30人程度なら講習会時間中にもグルグル見て回ってアドバイスして回っています。 石川香代も見てまわっているつもりでしたが、石川伊津のほうが丁寧だと言われることがあり、いつのまにか私より定評があることを知りました。
「講習会の声」もほとんどが石川伊津担当の講習会での声です。 ちなみに、石川伊津はイラストも得意です。優しくあたたかいほのぼの系の絵が描けます。ジブリのアニメを担当されていた方にも喜んでもらい本を出される時に挿絵を描いています。
POP講習会は石川伊津にも安心してお任せください。
中小企業診断士
大量のPOP講習会やセミナーをお受けしながら、POPの神髄を極めたいと思っていました。POPの神髄とは、「人を動かす」ことです。
そのために過去いろんな勉強をしてきましたが、勉強するほどにその範囲は広くなりました。POPだけでなく、陳列・ディスプレイ、販促、コピー、マーケティング、店舗運営…必要だと思われるものは次から次へと出てきます。
ほどなく中小企業診断士にたどり着きました。
現場の末端のお客様に一番近いPOPですが、その商品のことだけ考えていてはズレることがある。経営方針は戦略が反映されることが大切で、競合店や競合商品を知ったり、もっと広く現代社会や市場環境を知っていないといけない…そのための勉強が中小企業診断士でした。
ハードルは高いと思いましたが、睡眠時間を削り勉強しました。歩きながら単語帳を繰り法律名を唱え、財務の基本問題集は10回解きました。10回目にまだ間違っていたのは辛かった思い出です。中小企業白書を10ページ読んだら、1ページめを忘れている自分のアホさ加減に泣きました。
4年かかりましたが、最後に奇跡がおき、一次試験と二次試験のダブル合格を果たしました。
POPの神髄をつかみたい一心でチャレンジした資格ですが、社長方が私の話を聞いてくれるようになったのは嬉しい誤算でした。
評論家でなく肉体労働者
コンサルタントさんや評論家さんはPOPのアドバイスをしても、「どのように書いたらいいですか?」と聞かれても答えられませんが、私は答えて書けて指導ができます。
今は、クライアント企業様の会議に出席し、POPの他にチラシやダイレクトメール、陳列ディスプレイ、店の演出、販促企画、マーケティングなど、社員の一員になったつもりで考え、作り上げていく仕事や、人材教育に携わったり、販促の仕組みを作る仕事が増えました。必要があれば脚立やはしご、クレーン車に乗って看板も書きます。
書くだけ、作るだけでなく数字に反映させないといけない仕事のため、日々緊張の連続ですが、その会社、店、商品の素晴らしい価値を伝える、その表現をお手伝いする仕事が大好きです。
石川伊津は中小企業診断士ではありませんが、同じように現場の最先端で書く仕事も得意としています。
ビーアップでは、評論するだけなく、現場で実際に作るところまでお手伝いするからこそわかることをお伝えしていきたいと思います。
人を動かすPOP
ということで、最後に今一度…
POPの書き方も大切ではありますが、「人を動かす」ためには、「書くまで」がものすごく大切です。
過去、10冊以上POPの本を出していますが、出し始めた時は、POP本は全てデザイン書籍として並べられました。出版社の方には毎回何度も繰り返し「デザイン書」でなく「ビジネス書」として扱ってほしいと言い続けました。数年前からようやくビジネス書になった感があります。
POPに関わる人たちも変化してきています。POPを意識される方が増え、POP本も増えました。
いろんな人がいろんなやりかたでPOPを語り、作り、POPが日本に浸透していきます。
私の目標は「POPで日本の流通業を元気にする」ことです。とはいえできることは限られています。たくさんの人が様々なスタンスでPOPを広め、相乗効果で日本の店がよくなってほしいと思います。
人を動かすPOPが必要になったとき、ビーアップにご縁を頂けた時は、誠心誠意、全力投球でお手伝いさせていただきたいと思います。
2018年7月15日 石川香代